
平日ゴールデンタイムの視聴者層が変わりつつあるという。団塊世代の定年退職によって60代以上の男性の在宅率が急増しているのだ。しかし、彼らが見たいと思う番組は、これまでNHKのニュース番組しかなかった。 その視聴者を振り向かせたいと原一郎チーフプロデューサーは語る。
——2008年11月の放送開始から半年が経過しました。しかし、ゴールデンタイムに1時間枠でドキュメンタリー番組を手がけるということ、勇気がいったのではないでしょうか?
私自身も、去年の夏に上司から「平日の午後7時にドキュメンタリー番組をやるんだ」といわれて「ええーっ」とびっくりしたほどです。
これには、2つ理由があるんです。ひとつは、ゴールデンタイムに在宅している視聴者層の構造的変化。団塊の世代の大量定年退職が始まり、午後7時に高齢者が在宅している率が増えているんですね。週末であれば、私共テレビ朝日で放送する『人生の楽園』やTBSさんの『世界遺産』といった受け皿があるんですが、残念ながら平日のゴールデンタイムに中高年層がしっかりみれる番組って、NHKにしかなかったんです。実際、「7時のニュース」や「クローズアップ現代」が視聴率を伸ばしています。だから、民放もクイズやバラエティ一色の番組編成を改めて中高年の視聴者をNHKから振り向かせ、取り込もうという意見が出てきたのです。将来的には、さらに少子高齢化が進み、午後7~8時台が中高年の時間帯に変わるという予測もあるそうです。
——もうひとつの理由は?
2つ目は、社会情勢の変化。雇用不安や政治不信、医療問題、介護問題、老後問題などさまざまな社会問題が山積しています。いろんな閉塞感や不安感がうずまいている今の社会で何が起こっているのか、きちんと知りたい視聴者が増えてきていると思うんです。時代とともに変化してきた視聴者のニーズに我々も対応しようというわけです。無謀な挑戦という声もあるんですが、「ニュースステーション」が1985年にはじまったときも、夜10時台はドラマの時間帯だから絶対無理だといわれていました。しかし、結果的には大成功を収め、番組編成の構造改革につながっていったという事例もあります。すぐの定着は難しくても、将来への足がかりという役割も、この番組は担っているのではないかなと。
——ドキュメンタリーのなかでも、人間にスポットをあてた理由というのは?
例えば、裁判員制度が始まりましたが、以前担当していた「ザ・スクープ」では、調査報道的な検証ドキュメンタリーとして、刑事司法の問題点を暴いてきました。それに対し、この番組は、無実を訴えて闘う個人や家族のドラマを通じて、刑事司法の実情を伝えていきたいんです。7時台のファミリー層向けの時間帯でもあるので、堅苦しい調査報道よりも人間ドラマを通じて、問題点を伝えられればということを考えたんですね。第1回目でとりあげた、南田洋子さんと長門裕之さんの介護ドキュメントも、単なる芸能人夫婦の闘病模様ではなく、長門夫妻の介護生活を通じて、老老介護の現実や認知症治療の最前線、高齢化が進む日本社会の 問題点をわかりやすいかたちで提示したかったんです。
——「ザ・スクープ」から継続しているテーマもいくつかありますね。

去年の12月に放送した高知県の白バイ事故の話や、6月1日に放映した静岡県の御殿場事件などは、「ザ・スクープ」でも取り上げてきた題材です。「ドキュメンタリ宣言」では、切り口を変えて、家族のドラマという別の角度から事件に光を当てました。「ザ・スクープ」は、証言や証拠を積み重ねて検証していくというスタンスですが、この番組では家族の苦しみなど、エモーショナルな部分にもフォーカスをあてて訴求力を高めています。実際に御殿場事件の回は、公式サイトに1週間で2万件ぐらいのアクセスがあったんですよ。番組のメインの視聴者はやっぱり50代以上が中心ですけども、この2つの回のときには、若い視聴者からの反響も数多くありました。ゴールデンでやる以上は、親子で一緒にみてもらって、社会問題を考えるきっかけになってもらえばいいという思いもあります。
——長門・南田夫妻の介護の回は、視聴率も1回目が22.9%、2回目も13.9%とうかがいました。松原のぶえさんの闘病生活を追った回も評判がよかったそうですね。しかしプライベートを覗かれたり病気を公開するのは、有名人に限らずいやがられるものだと思います。番組に登場していただくために、必要な信頼関係はどのように築かれていますか?
カメラを回し始める前にものすごくコミュニケーションをとっていますね。長門さんサイドには1年前からアプローチをしていたんですが、最初は取材を拒否されていました。ところが、週刊誌にあることないこと書かれる様になって、情報が一人歩きしはじめたんです。そのうちに、長門さんの中で南田さんの病状についてきちんと報じてほしいという気持ちが高まってきた。と同時に、認知症と戦っている人たちを勇気づけたいという思いもあって、われわれの説得に応じてくれました。それから放送までの約3ヶ月間、ディレクターがほぼ住み込みで取材を続けました。
——どんな反響が具体的にありましたか? 
「夫婦愛に感動した」「献身的な長門さんの介護に感動した」という肯定的な意見がある一方で、「美人女優だった南田さんのこんな姿は見たくない」「南田さんの人権はどうなるんだ」という批判的な意見もありました。法的には後見人制度といって、南田さんの後見人である長門さんの許諾があれば問題ないんですが、往年のファンからとくにご批判を受けました。非常に微妙な問題だと思います。しかし、それ以上に長門さんの、真実の姿を知ってもらい同じ病気で苦しむ方々にエールを送りたいという気持ちを伝えたかったんです。
——今後も取材や放送は継続していきますか?
取材は継続していますが、放送は未定です。動きがあればまた放送します。