
中野 どうしても理系の学者さんの方が多くなりますか、『ニッポンの教養』は。
丸山 素直には。でもだんだん後半は、人文系が増えてきて、割合としては五分五分に近くなってきた感じもしますけどね。
中野 現場を考えると科学系の方がやりやすいですよね。
丸山 そうなんですよねー。視聴率的には科学系の方がいいですね。
中野 画面に見たことないものが映りますもんね。うなぎの卵って初めて見た!へえーって。
丸山 でも、講談社さんから本にしてもらってるんですけど、そっちはやっぱり人文系の方が売れます。需要があります。
中野 話として、論として、面白いんでしょうね。
丸山 人文系をテレビで見るには相当集中力がいるんですよね。ただ、まさにさっきおっしゃってくださったように、この番組では哲学とか美学とか言語学とかそういうものをこそ扱えなければオリジナリティがないわけなので、そっちの方をやることになるでしょうし、これからも人文系の方も何とかがんばってやりたいなって思ってるんですけどね。
中野 さっきの話の続きですけど、テレビ制作者はがんばって観る人を育てて、画にはなりにくい分野でもいかに面白く見せるか、その方法をあきらめずに探していかないとだめですよね。
丸山 確かに。“育てる”って言い方は相当傲慢ですけど、何とか共有してもらったりとか、何かそれをきっかけに一緒に考えてもらえる素地を作るっていうか、そういうことですよね。
中野 いま、ドストエフスキーとかそれなりに書店で売れてるでしょ。つまり、それなりに世の中のニーズはそこにある。でも残念なことに、それはテレビとは何の関わりもないところで起こっている。もったいないですよね。まあこれは身から出た錆で、テレビ的じゃないからやらない、やらないからこうなってるんだけど……そういう人たちを振り向かせるためにがんばってテレビを作らないと、ドストエフスキー買ってる人たちって絶対にテレビに戻ってこないですよ。で、テレビへのニーズは、どんどんどんどんやせ細っていく。短期的にはそれでいいのかもしれませんけど、がんばってテレビでもドストエフスキーのことがわかるなり……ひらたくいうとテレビを観ると教養がつくって状態を作らないと(笑)。
丸山 教養というのは、ある知識をため込んだりとか、ある時代に定型化されたものではなくて。ある対象とつねに対峙する姿勢というか、そのスタンスの取り方みたいなものとして考えられればいいかなと思っていて。先ほどオフサイドラインという表現をしましたが、時代と共にオフサイドラインもどんどん変わっていく中で、ただ単に右往左往するのではなくて、それなりに自分の生き方の中でしっかり線を結べるようなポジション取りができればと。そういうきっかけとして、一回死語になってしまった“教養”というものをあなたのなかでもう一度再定義してみませんか−−みたいところまでいければね。
中野 いや~、NHKさんがんばってくれないと。
丸山 それはまた他局さんとの関係から言って、NHKがむしろ生産性の論理からズレてるっていうところにホントは価値があるはずなんですよね。
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