
中野 実は『爆笑問題のニッポンの教養』は観たことなかったんです。2年ほどまえに、東大・駒場キャンパスの新入生歓迎シンポジウムに爆笑問題がいったのが(『爆笑問題×東大 東大の教養』2006年5月27日放映)がはじまりだと思うんですけど、新聞のテレビ欄で番組タイトルを見たときに“これはオレがやりたかった番組だ”と思って。悔しいから観ませんでした。その後も、僕の思い描いていた通りの番組だったらますます悔しいので、観ないようにしようと決めてました(笑)。 でも今回、丸山さんにお会いするのでさすがにこれはまずいと思いまして、伊勢崎先生(平和構築学)の回とうなぎの先生の回、それに“新年会”を観ました。新年会、面白かったです。
丸山 最初に中野さんが観てどんなイメージを持たれたかわかりませんが、あの東大の回の緊張感は一回性のものですからね。僕らも番組の形になるかどうかわからないなかでやっていましたし……。それが、個別に研究室にお邪魔すると、2回目にはまったく違うものが出てきて。あれはあれで面白かったんです。
中野 そういう番組をやりたいなとずっと思っていて、一度やったことがあるんですけど、視聴率はものの見事に5パーセントちょっと。その後やってないです。というか、やらせてもらえてないです(笑)
丸山 どんな内容でした?
中野 『所さんの“そんな見方があったんだ!”』というタイトルで、<ひとつの事象を様々な学問の立場から見てみよう>という内容でした。ゴールデンタイムの2時間です。たとえば、テーマのひとつ「弁当」だと、栄養学の先生から受験当日に効くメニューを教わったり、脳科学の権威に弁当のふたを開ける瞬間にいかに脳が喜ぶかを語ってもらったり。さらには各国のコンバットレーション(戦闘糧食)を比べて世界の軍事情勢を考えてみたりとか。思い通りうまくいかないところはあったものの、そこそこ自分では楽しめたのですが、世の中の人には冷たくあしらわれました(笑)。 今回の“新年会”を観ましたが、同じお題にたいして、みんな全然違うことを言うんですよね。ホント、面白い。『テレビコ』で読みましたけど、<素人にわかりやすく最先端の技術を紹介する番組>だったら僕もつまんないなと思ったんです。というか、読めちゃう。もちろん、確実に、手堅く、その番組は面白くなるんですよ。でも、それだけではなくて、最先端の研究をしているその人のフィルターを通すと、世界はどう見えるのかが知りたい。専門分野だけじゃなく、広くいま世の中で起きている様々な事象に最先端研究者の脳みそはどんな風な思索をめぐらすのか。そんなことを見せる番組だったら面白いなぁって思ってました。で、観てみたらだいたいその通りの番組だったので……悔しいわけです(笑)。
丸山 確かにおっしゃる通りです。僕が単にあまのじゃくなのかもしれないのですけれど、平均的なところでわかりやすいというのはどうも苦手で。今の中野さんの言い方で言えば、むしろ、「わかったつもり」の限界をわかってほしいというか、「世の中にはわからないこともある」ことをわかってほしいというか・・・。
中野 平均的なところって、順当に落ち着くものだと思いますけどね。
丸山 中野さんのお名前は毎週拝見しますが、どのくらい番組に関わるのですか?
中野 基本的に、ロケはいかないです。オフィスで毎日断続的に企画のプレゼンを受けて、ネタを決め、その合間に進行中の企画の打ち合わせをします。放送前のプレビューは3回ぐらい。日曜日に放送するのに、前の週の木曜か金曜日に1回目のプレビューをして、月曜日か火曜日に2回目、水曜日か木曜日に最後のプレビューがあり、金曜日に本編集をして、土曜日にMAをする。
丸山 プレビューでは、最初から尺になっているんですか?
中野 全然全然。最初の段階から定尺の30分に近いときもあれば、倍尺の4〜50分ってことも。ディレクターによって違いますね。僕はプロデューサーではありますが、編集マンのようでもあり構成作家のようでもあり総合演出のようでもあり。時間がかかるときはめちゃくちゃかかります。
丸山 想像していた以上ですね。プロダクションもディレクターも毎回違うから、企画通しとしては厳しくしていても、上がりに関しては比較的ゆるくしているのかなと思っていたんですが……毎週毎週かなり厳しく見ているんですね。
中野 『情熱大陸』は、演出のフォーマットというのがほぼ皆無な番組なんです。決まっているのはオープニングとエンディングのテーマ音楽と、ナレーターの窪田等さん。それにCMが4回入るということくらい。制作会社もディレクターもカメラマンも編集マンも構成作家も音効さんも毎回違う。毎週毎週新しい単発番組を作ってるみたいなものです。ルーティンというのがあまりないので一般的なレギュラー番組よりは手間はかかっちゃいます。
丸山 誤解を恐れずに言うと、つまり素材を生かそうとされていながらも、毎回中野さんのエッセイ……広い意味でのエッセイが番組に入っているんですね。
中野 まぁ、週刊誌の“編集長”にも似ているので、そうかもしれませんね。
丸山 あのー、なぜあえてエッセイというイメージを持ってきたかというと……『英語でしゃべらナイト』の二代目MCを押切もえさんにお願いしているんですが、『情熱大陸』(2005年9月4日放送)のもえさんの回を拝見したことをちょっと思い返してみたんですよ。コメントが面白いなあという印象があって……「モデルさんの部屋に入る」「ちょっとドキドキする」とか、取材者が期待感を持って、客観的を装っているコメントの中に、一瞬主観を潜り込ませるセンスが巧みで・・・。かといってあまり生々しくリアルでもないところ(笑)。今までの“線を引いたところでやりましょう”ということではない、境界線をちょっとだけ踏み出すところでのコメントが絶妙なんですよね。それはたぶん、毎日作っていらっしゃるプロセスから生まれてきたものなのでしょうけれど、あのへんの呼吸が何かすごく良いと思ったからなんです。
中野 それはそうかも……しれないですね……。
丸山 全部視ているわけではないけれど、拝見したときにはつねに2、3カ所、そうした取材者としても微妙なラインを意識的に突破しているようなところがあって、そういう瞬間が観ていても楽しいなって思っています。
中野 この10年くらいでドキュメンタリーは変わってきたと思うんですよ。昔のドキュメンタリーは、もっとカチッとしていました。インタビューといえば板つきで正対して話を訊き、オンエアではインタビュアーの質問の声が聞こえてはダメだとされていた。それが今は、取材する側のキャラクターというかパーソナリティも画面に滲みでるようになってきました。そんなこともあって、取材する人間は、視聴者から「このひと、良い人だろうなぁ」と思われないといけない(笑)。少なくとも「悪いヤツではないだろう」と。たとえば『所さんの笑ってこらえて』(NTV)に「ダーツの旅」って企画がありますよね。いろんな地方に出かけていってディレクターたちが<第一村民を発見!>して、「こんにちは~」って挨拶する。あのディレクターたち、みんないいひとっぽくないですか(笑)。あの瞬間のあの感じが「ダーツの旅」の神髄だと思うんです。実際は全然違って、腹黒いディレクターかもしれませんよ。でも視聴者への見え方は相当計算しているだろうし、村人から“いいひと”っぽく思われるディレクターを選んでロケ先に送り込んでるんだろうなと思ったりもします。
『情熱大陸』でも同じようなことは考えてます。「こういうディレクターに来られたら取材相手も困るだろなー」なんてことを想像します。でもその一方で<ヘンなディレクターに来られて困る様子>も面白いかもとも思う。イケイケの若いミュージシャンが団塊の世代のバリバリ論客ディレクターに来られたらとか。大家と呼ばれるような権威ある学者が自分の孫くらいの若手ディレクターに来られたらとか。こんな機会でもなければ出会わないような人種のディレクターに会ってもらうのも刺激的でエキサイティングかもって。企画を通すときにはそういう被写体とディレクターのマッチメイクみたいなものは、かなり意識します。そしてそれはディレクターを育てることにもつながると思うんです。ディレクターも放っておくと自分のやり慣れた分野にしか手をださなくなって、仕事の幅が狭くなっちゃうから。
丸山 いまの時代は、視聴者の方も結構そういうところに想像がいっていたりするんですよね。ちょっとした質問の仕方ひとつでも、“取材している人、意外におじさんなんだ〜”とかね。取材される人とディレクターの人間関係なんかを数秒の間で想像したりして、それでワーッとその背景が総合的に広がって見えたりとかもしますしね。
中野 逆にがっかりすることもありますよね。ディレクターのタメ口っぽい笑い声がうすーく聞こえたりしたときとか。編集でそのカットを2秒切っておくかMAで音を下げとけば良かったのに、みたいな。
丸山 純正ドキュメンタリーみたいなものが最早成立しない時代なんですかね!? 僕はドキュメンタリーの人間ではないんですけれど、その辺も引き受けて、何か新しい時代にあった表現のオフサイドラインを微妙に変えてみたい気分はあるんですが・・・。一番極端なケースはオダギリジョーさんの回なんかも……。
中野 オダギリさんが、番組の編集をオンエア直前にチェックしにきた回ですよね。いかにもオダギリさんがやりそうなことですし、ああいうことまでやっちゃうのがオダギリさんなわけで。で、オダギリさんがそう来るのなら『情熱大陸』としても受けて立ちますよ、と。で、編集をめぐるオダギリさんとディレクターのやりとりまでも番組の中に組み込んじゃった。そしてそれをそのまま放送する。それでいいんじゃないかと……。ドキュメンタリーに限らず、テレビはどんどんいろんな状況を、それが想定外だとしても取り込んでいかないと。無理して辻褄をあわせようとしたら破綻しますよ。「だってしょうがないじゃない、この人たち笑わないんだから」って目論みが外れたときには素直に言えばいいのに、それを当初の構想にとらわれて笑ったように仕立てようとするから、どんどん手詰まりになってゆく。
丸山 最近、妙な、逆転現象が起きているんですよね。取材を受けて下さる方々が、テレビを変にわかっていて、そのルールみたいなものを勝手に守ってくれてしまう。「これじゃ絵にならないでしょ」とか(笑)。かえってこちら側が困ってしまう。そんなサービス精神は求めていないと言いたいんだけれど、“いやいやテレビだからこんな風にしとかんといかんだろ”って言われてしまう。それはちょっとね。
中野 ガッカリするし、テレビってそんなに信用されていないのか、所詮そういうものだと思われているのかと、悲しくなっちゃいますね。
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